問題にしたいのは、ごく普通の本好き、つまりプロ野球が好きとか将棋が好きとかいうのと同じような感じで、本を読むことが好きな人の場合である。普通の本好きは次から次へと本を買いつづけるから、一度読んでしまった本を再読する暇はほとんどないはずなのだ。それなのに、本を処分したがらないのは、なぜだろうか?これはたぶん、本好きの人間は、蔵書を自分の精神の軌跡、いわば「自分史」の具象化と感じているからではないだろうか。
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ぼく自身のことを考えてもそう思う。ぼくは物書きの端くれであるから、執筆の資料としての蔵書も少なくはない。しかし、仕事まったく関係がないような、純粋な楽しみとして読んだ本でも、それを手放してしまうと、自分の過去の一部が消えてしまうような気がして処分できないのだ。こういう蔵書癖がついたのは、少年時代に本を処分して、後になって悔やんだことがあるせいこ。
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